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内視鏡下MICS(低侵襲心臓手術)サイト

日本低侵襲心臓手術学会 理事
伊藤 敏明先生
(名古屋第一赤十字病院 心臓血管外科)

日本低侵襲心臓手術学会 世話人・幹事
田端 実先生
(東京ベイ浦安市川医療センター 心臓血管外科)

内視鏡下MICSとは:胸骨を温存する心臓手術MICSのメリットとデメリット

伊藤 心臓手術は一般的に、胸骨という胸の前面にある骨を切る「胸骨正中切開」と呼ばれる方法[ 1 ]で行われてきました。MICS(ミックス:Minimally Invasive Cardiac Surgery、低侵襲心臓手術)とは、胸骨を一部分だけ切って行うか、あるいはまったく切らずに肋骨の間の皮膚を小さく切開して行う心臓手術のことです。ここでは、後者の胸骨をまったく切らずに肋骨の間から行う方法(以下MICS)[ 2 ]に焦点を当てたいと思います。

田端 MICSには、開胸器と呼ばれる器具で肋骨を広げて直接心臓を見ながら手術を行う直視下MICSと、肋骨を広げずに内視鏡を挿入し、内視鏡のモニターを見ながら手術を行う内視鏡下MICSがあります。伊藤先生や私が行っているのが、後者の内視鏡下MICSです。
MICSの最大のメリットは、標準的な手術と比べてからだへの負担が小さく、退院や社会復帰が早いことです。また、胸骨を切らないMICSは、出血量や輸血量が少なく、胸骨が感染する危険性がないというメリットもあります。
伊藤先生は、一般的なMICSのメリットに加えて内視鏡下MICSならではのメリットはどのような点だとお考えですか。

伊藤 内視鏡下MICSは、主要な操作をモニターに映し出された画面を見ながら行うため、傷口が小さく手術の痕が目立たないことが大きな特徴です。通常のMICSも標準的な手術と比較すると手術痕は小さいですが、手術中に使用する開胸器の影響で、傷の大きさの割に痛みが強いと言われることがあります。しかし、内視鏡下MICSは開胸器を使用しないため痛みが少ないというメリットがあります。

田端 たしかに開胸器で肋骨を開くのと開かないのではまったく痛みが違いますね。さらに外科医にとっては直接見にくい部分が内視鏡でよく見えるというメリットがあると思います。内視鏡だと狭いところも隅々までよく見えますね。

伊藤 とくに僧帽弁は正中切開や直視下MICSよりも内視鏡のほうが遥かによく見えます。私は3D内視鏡、田端先生は4K内視鏡を使っていますが、どちらも非常に画質が優れています。また、内視鏡映像を手術室スタッフ全員が見られるため、チーム全体が手術の流れをよく理解できることもよい点ですね。

田端 患者さんにとっては創が小さくかつ痛みが少ない。外科医にとっては心臓の中がよりよく見える。チームにとっては手術の流れがよくわかる、ということですね。
それではMICSのデメリットについてはどうでしょうか。心臓弁膜症の手術では、人工心肺装置を用いて血液を体外循環させ、手術中に心臓の血液の流れや動きを一時的に止めます。MICSでは正中切開の手術よりも人工心肺装置を使用する時間や心臓を止める時間が長くなるといわれています。

伊藤 確かにその2つの時間は少し長くなる傾向があることが知られています。けれども、骨を切ったり閉じたり、骨からの出血を止める時間が短縮できるため、手術全体の時間は短くなります。もちろん、これらの時間は施設や外科医のMICS経験値によって変わってきます。

田端 そうですね、経験豊富なチームだと時間の問題は小さくなってきていますね。しかし、人工心肺装置の時間や心臓を止める時間が長くなる傾向を考えると、患者さんの状態によってはMICSが適さないケースもあります。MICSを行えるかどうかは、手術前の検査で患者さんの全身状態や心臓・血管の様子を確認して判断する必要があると思います。

伊藤 おっしゃる通りです。例えば、心臓の機能が著しく低下した患者さんや動脈硬化が非常に進んだ患者さんにはMICSは適していません。MICSを希望される患者さんの意向にはできるだけ沿いたいと思いますが、どうしてもMICSが難しい患者さんには標準的な手術を勧めています。

田端 MICSにはメリットもデメリットもあります。検査を行ったうえで、MICSが向いているかどうかを十分検討し、デメリットがメリットを上回ることが予測されれば、患者さんによく説明して、正中切開の手術をお勧めすることがとても重要だと思います。

[ 1 ] 「胸骨正中切開法」による創部

[ 2 ] 「MICS」による創部

MICSは外科医だけではなく、他の医療スタッフを含めたチームが重要

田端 心臓手術では、手術や術後管理を適切に行うために、外科医だけではなく、麻酔科医、看護師、臨床工学技士、理学療法士などを含めたチーム医療が重要です。心臓手術の中でも特に、MICSはチーム医療の重要さが際立ちますね。

伊藤 そうですね。外科医だけでなく麻酔科医や臨床工学技士、手術室看護師にも特殊な技術や知識が必要となるため、MICSに熟練した信頼できるチームで行うことが大切です。また、術後は、理学療法士がチームに加わり、術後すぐにリハビリを始めています。手術が低侵襲であるだけでなく、早期回復を目指した適切なリハビリを行うことで初めて早期の社会復帰が可能になります。

田端 当院でも理学療法士が毎日カンファランスや回診に参加して、手術翌日から歩行するなど積極的なリハビリを行っています。チーム全体が患者さんに早く回復してもらうんだという共通の目標を持っていることが大事ですね。
ところで、MICSによる入院日数の短縮は患者さんにもメリットですが、社会的にも医療費の削減につながります。また、早期の社会復帰は社会の生産性向上にもつながるといえるでしょう。

伊藤 献血する人の減少などから、将来的には輸血用血液が不足するといわれているため、MICSによる輸血量の減少は医療面でも大きなインパクトがあると思います。

田端 患者さんだけでなく社会全体に役立つ面もあるわけですね。

伊藤 敏明先生

MICSの対象となる手術や患者さんとは

田端 どのような心臓の病気に対してMICSを行っていますか。

伊藤 心臓弁膜症の手術はMICSで行うことが増えています。僧帽弁、大動脈弁、三尖弁の手術が多いですね。複雑に傷んだ僧帽弁や三尖弁の形成術も内視鏡を使ったMICSで行うことが可能です。

田端 弁膜症の手術とセットで心房細動の手術であるメイズ手術を行うこともありますね。あとは、心房中隔欠損症(ASD)や粘液腫などの心臓腫瘍の手術も内視鏡下MICSで行うことが多いですね。

伊藤 心房中隔欠損症は生まれつきの病気であり、未成年の患者さんにMICSを行うことがあります。ただし、MICSにはある程度の動脈の太さが必要なため、身長140cmくらい以上の体格がMICSを行う基準になると思います。もちろん身長が低くても動脈のサイズが十分であれば可能ですが。

田端 私たちも、MICSを行う基準として、動脈のサイズや性状を重視しています。10歳未満はMICSの対象になることは少ないですが、動脈サイズ次第です。年齢の上限もなく、動脈硬化がひどくなければ80歳以上の高齢者にも行えます。高齢の方もMICSをして創の痛みが少ないと回復が早いですね。

伊藤 そうですね。年齢を問わず早い回復を望む人には、MICS、とくに内視鏡下MICSはとてもメリットの大きな手術だと思います。

田端 なるべく輸血を避けたい患者さんや胸骨が感染するリスクの高い患者さんにとってもメリットが大きいですね。胸骨が感染するリスクが高い患者さんとは、糖尿病の患者さんや、ステロイドなどの免疫抑制剤を飲んでいる患者さんたちです。動脈硬化の程度がひどくなければMICSがお勧めです。

伊藤 なるべく創を目立たなくしたいという患者さんにとっても、内視鏡下MICSはメリットが大きいですね。

田端 実先生

心臓弁膜症治療の今後の展望

田端 心臓手術では、手術支援ロボットの導入も進んでいます。ロボット手術も、手術の傷は内視鏡下MICSと同じくらい小さく、痛みも変わらないとされますが、ロボット手術の特徴はどのような点だと思いますか。

伊藤 ロボット手術は、動きが細やかというメリットがあります。ただし、術中は外科医が操作を行うコンソールから離れられないため、体外循環のコントロールなど手術室全体への目配りが不十分にならないよう気を付けなければなりません。現在のところ、どちらの手術が優れているといったデータはありませんね。

田端 MICSや標準的な心臓手術と異なり、ロボット手術は外科医が患者さんのすぐ側にいないため、その点を補う体制を整える必要がありますね。
かつて心臓手術は、無事に終えれば十分でしたが、今では術後のQOLや早期社会復帰が重要で、求められるものもどんどん高くなっており、外科医としてそれに対応していくことが大切だと思います。

伊藤 そうですね。手術の創を小さくできるのなら、それを追求するのが医師の義務だと思います。今後は、患者さん自身がさまざまな情報を得て、自ら病院や手術を選択するという時代になると思います。心臓手術においても、創が小さく侵襲が小さい内視鏡下MICSやロボット手術が主流となるかは患者さんのニーズに大きく影響されるのではないでしょうか。

田端 弁膜症に対するカテーテル治療も盛んになってきています。現在はまだカテーテル治療の対象は限られていますが、今後カテーテル治療が進化して対象が広がってくる可能性が高いです。外科手術はカテーテルでは治せない複雑な疾患を確実に治療できるクオリティを保ちつつ、カテーテルの低侵襲に少しでも近づけることが必要です。

伊藤 いずれ心臓弁膜症に対する治療はほとんどが内視鏡下MICSやロボット手術か、カテーテル治療になる日が来るかもしれません。内視鏡下MICSも技術や安全性をさらに向上させて、患者さんや社会により貢献できるものにしていかなければならないと思います。

(取材日:2018年3月21日)