内視鏡下MICSとは
MICS(低侵襲心臓手術)の手術方法、種別などについて解説いたします。
MICS(Minimally Invasive Cardiac Surgery)とは、日本語では低侵襲心臓手術のことです。
出来る限り小さな傷(切開創)で特殊な手術器具を使用して行う心臓手術のことをいい、患者さんの負担を軽減することを目的に行います。手術による治療のひとつなので、人工心肺を使用し心臓は通常止めて手術をします。
通常の手術(胸骨正中切開法)は胸の真ん中を骨とともに15~25cm程切って心臓全体が見える状態でおこないます[ 1 ]が、切開した骨がくっつくまでに2~3ヵ月かかるといわれています。
これに対して、従来一般に行われてきた直視下MICSは、右側胸部に7~8センチの皮膚切開のみを行い(骨は切開しない)、もともと指1本分ほどの幅の肋骨間の隙間を金属の開胸器で5cmほどの幅に広げ[ 2 ]、その小さな創から覗いて心臓を見ながら手術をするものでした[ 3 ]。
患者さんにとっての分かりやすいメリットは、創がより小さい事(回復も早くなりやすい)と痛みがより軽い事です。
しかし、手術の進行具合や操作内容が周囲のスタッフにも大まかにわかる様にするため内視鏡を補助的に使いますが、小さな創を通して見える心臓の範囲は限られてしまう、手術の部位がよく見えるのは術者本人だけといった課題もありました。
内視鏡下MICSとは
内視鏡下MICSは、従来型MICSと同じく小さな創から手術をしますが、創から直接中を覗いてみる代わりに、内視鏡により心臓をハイビジョンモニターに映し出しその画面を全員が見ながら手術を行います[ 4 ]。
内視鏡はもともと視野が広いのに加えて内視鏡の先端位置の変更や回転により見る場所を変えられるため、死角が大幅に少なくなります。創を通して中を見る必要が無いため創の大きさもさらに小さく3~5cmほどで十分となります[ 5 ]。
さらに肋骨の隙間も広げないため術後の骨の痛みが軽くなります。
内視鏡は目の代わりなので、助手の医師が常時手持ち操作して術者と協力して手術を進めます。
内視鏡下手術は心臓外科では今まであまり普及していなかったためモニターを見ながら手術するスタイルに慣れが必要ですが、他の外科領域では日常的なものです。
医療提供側にとっても内視鏡下MICSはメリットがあります。
まず、直視下MICSでの最大の心配事である「良く見えないかもしれない」という懸念が減ります。さらに全員が同じ画像を共有して手術するため、複数の目で確認できます。また、手術で何を見て何をしたのかを逐一録画できますので手術の振り返りや、若手医師の勉強にも非常に有効です。
こうして見ると、直接見るMICSが術者一人に負担がかかる手術であるのに対し、内視鏡下MICSは助手も同じ画面を見て協力して行う手術であり、終わってしまえば似たような創であってもコンセプトがだいぶ異なるものです。
この内視鏡下MICSが早く普及しなかった理由の一つには、画像技術の壁の存在がありました。
2007年にTVのアナログ放送が終了しましたが、それ以前は内視鏡も同様にアナログ規格の640×480画素の粗い画質のものでした。
近年は2Kフルハイビジョン(1920×1080画素)の内視鏡が標準となり、さらにその3D版や、精細度を高めた4K内視鏡も発売され繊細な心臓手術にも使えるものとなり、十分外科医の目の代わりとなる性能を備える様になり、普及に向けた環境は整いました。
適切な治療方法の選択
弁膜症の治療方法として、薬による治療を除けば、現在、手術としての胸骨正中切開法とMICS、及びカテーテル治療の3つの方法が存在します。
それぞれの治療法に利点と欠点、限界がありますし、また、個々の患者さんの状態によって、最適な治療法は変わってきますので、実際の治療法選択の際には、専門の医師に十分説明を受けて、それぞれの治療のメリットとデメリットを知ることが重要です。
2018年4月から「胸腔鏡下弁形成手術」「胸腔鏡下弁置換手術」が保険診療上の新術式として認められました。
内視鏡下MICSは、この保険術式に該当します。
これを契機として、今後、患者さんの体への影響をカテーテル治療の水準に極力近づけ、実施できる手技の難易度を胸骨正中切開法の水準に並みにしていく事が、日本低侵襲心臓手術学会において取り組まれるものと期待されます。
初診から退院後までの標準的な流れ
「内視鏡下MICSの手技」に習熟した心臓外科医をはじめ、麻酔医や臨床工学技士、看護師を含めた多職種チームと、「早期回復のための術後管理」に習熟している医師や理学療法士、看護師で構成された術後ケアチームが所属する病院での標準的な流れは次のようなものです。
1. 初診から検査まで
原則として、「かかりつけ医」や他の病院からの紹介状を持参していただき初診となります。
初診時は診察のうえ、その後の検査等のプラン(必要な検査の内容・検査の時期等)を立てます。なお、状況によっては、紹介状なしでも受診できますので、個別に病院に確認ください[ 6 ]。
必要な検査は外来にて行います。状態の悪い方や遠方からの方は、入院で検査を行うこともあります。
検査内容は、年齢や病状によって必要な検査は異なりますが、心電図、胸部レントゲン、心臓超音波検査(心エコー)などは、標準的に行われます[ 7 ]。
2. 治療方針の決定から入院まで
1.の診察や検査結果をもとに、ハートチーム(心臓外科医、循環器内科医、麻酔医、その他の多職種チーム)で各々の患者さんにとって最適な治療が何かを検討します。
ハートチームが最適な治療方針(例えば内視鏡下MICS)を決定した場合には、患者さんとそのご家族に、検査結果や手術の必要性、及び最適と考える治療の方法、メリット・リスクについて、他の治療方法との比較も含めて、詳しく説明します。
これらを十分理解して、内視鏡下MICSに同意すれば、当該手術の実施が確定します。
治療方針が決まれば、患者さんとそのご家族とご相談のうえ、入院日、手術日を決めることになります。
3. 入院と内視鏡下MICS
手術の前日または前々日に入院して、麻酔医や看護師、理学療法士から、手術当日の麻酔や術後の流れ、術後のリハビリなどについて説明を受けます[ 8 ]。
手術当日は朝から食事を摂れません。朝から点滴をすることもあります。
手術室に入ると、患者さんの取り違えがないことを確認後、麻酔をかけていきます。麻酔がかかった後に、気管チューブや中心静脈カテーテル、尿道カテーテルなどを挿入します。その後、手術を行う部位の消毒を行って手術が始まります[ 9 ]。
手術が終わったら、患者さんは集中治療室に移動します[ 10 ]。多くの場合は、術後数時間(病状によっては長くなることがあります)で麻酔から覚めて気管チューブが抜去されます。気管チューブが抜去されれば数時間後に飲水が可能になります。
院内でご家族に待機していただいた場合には、手術後に担当医が、ご家族に手術の報告をします。
4. 手術後から退院まで
多くの場合、手術翌日に、食事や薬の内服が始まります。
また、手術翌日には、ドレーン(手術時に胸部に入れる管)や中心静脈カテーテル、尿道カテーテルが抜去され、集中治療室から一般病棟に移動します。
一般病棟に移動した日から、理学療法士とともに歩行練習を始めます。その後、患者の状態に応じて、長い距離の歩行や階段昇降の練習、さらにはリハビリ室でエアロバイク等を行って筋力を回復させます。
この間、必要な術後検査(血液検査、胸部レントゲン、心電図、心エコーなど)を行い、これらの検査や創の状態に問題がなければ、術後5日目ころ退院となります。不整脈や胸水などの合併症が見られたり、リハビリの進み方がゆっくりの場合は、それ以降の退院になることもあります。
5. 退院後の対応
退院後の通院頻度は、術後の患者さんの病状や自宅から病院へのアクセス事情によって異なります。
病状が安定し、通院可能な所にお住いの患者さんなら、退院後1週間、2週間、1ヵ月、3ヵ月、6ヵ月、1年、2年という間隔で通院し、必要な診察や検査を行うことが一般的です。通院頻度は個々の患者さんによって異なりますので、担当医とよく相談ください。
遠方の方は、手術を行った病院が患者さんの地元の病院や「かかりつけ医」と連携を取って、地元で必要な診察や検査を受けていただくことも可能です。
薬の調整などは、通常は、1~3ヵ月に1回、「かかりつけ医」や紹介元の病院への通院で行われます。